Integrated Dance Company 響-Kyoでは、多様な身体性を持つダンサーと共に新たな舞踊表現を探る作品に取り組んできましたが、特に2015年からは毎年異なる振付家を招聘して、カンパニーのメンバーが一緒に振付に取り組むことにより、幅広い振付や舞踊言語に対応できるようにメンバーの能力を伸ばすことに取り組んでいます。
今回迎えた2名の振付家はそれぞれ国も世代も振付の手法も異なり、ATHINA VAHLAは車椅子を古代ギリシャ悲劇の舞台装置に見立て、プライベートな過去の思い出や幻想を舞台という公共の場に持ち出し、再現するという印象的な世界を作り上げ、黒須育海はダンサーのそれぞれの身体に着目してその違いを際立たせた振付作品としました。創作過程においては、カンパニーのダンサーからも動きの提案をするなど、振付家との間で踏み込んだ共同作業が実現できるようになってきています。今後も、新しい舞踊表現を拓くべく活動を続けていきます。
地元企業からの資金調達を試みようと、助成認定をいただいたが、協賛金を得ることは難しく、せっかくいただいた認定を活用できなかった。
陸前高田の住民の方々から、震災との距離を感じていた4人の出演者=”旅人”たちが話を聞くことを通じて、当事者性の濃淡に関わらないそれぞれの立場をあらためて尊重しあえる”継承の場”をつくることを、15日間の滞在制作で試みた。出演者が聞き手となることによって、日常生活では聞こえなくなっていた震災直後の経験や震災以前の記憶、そして現在復興過程にある街への思いが語られ、震災から8年目にしてはじめて耳にする話も少なくなかった。その語りが映像記録として残されるということ自体にも成果があったと捉えている。また被災された方の心情を安易に理解することへの葛藤を抱えた若者たちの姿に対して、陸前高田の方々が共感する場面も多くあった。被災地域の中でも当事者性の濃淡があり、語れないことや理解できないことがあるという事実に、出演者たちが誰かの経験を「語り直す」という立場を引き受けようとする手掛かりを見出していたように感じている。同時並行に続けてきた『二重のまち』の朗読は、話を聞き、街を歩き、語り直しをする経験を糧とし、読み手にとって『二重のまち』がどういう物語であるのか、どの視点から物語を読むのか、という立ち位置を出演者自身が明確にしていくことへと繋がり、朗読する声にも変化が現れた。
また、一連のプロセスを記録した映像作品の上映(2/3 仙台市内)では、来場者の感想より、マスメディアのように事実だけが伝聞されるのではなく、出演者の表情や声が当事者の語りのように憑依して映る瞬間や、出演者自身が言葉を詰まらせたり、語れなさが身体に現れるときに、当事者から直接話を聞く以上に伝わるものがある、”継承”の可能性があるという意見が聞かれた。その視点を来場者の多くの方達と共有できたことに、「それぞれの立場を尊重し合える”継承の場”」としてのプロジェクトの成果を感じている。
同時期に開催された瀬尾夏美個展「あわいゆくころ」(東北リサーチとアートセンター)、「風景から歌」(Gallery TURNAROUND)では、瀬尾の単著「あわいゆくころー陸前高田、震災後を生きる」が出版され、市内外から注目を集めた。2011年から小森+瀬尾が制作してきた映像作品の上映と合わせて鑑賞された方が多く、8年の時間経過とともに移ろう街や人々の心の変化を、作品の持つ記録性によって鑑賞者自身が追想する場として、展覧会や上映会が機能しているという実感があった。
昼夜公演と、かなりハードなスケジュールになり、来日アーティストよりも
当会代表の業務が過酷になったが、苦労を上回る評価を得ることができ大変よかった。
活動をしてみて
活動者をしてみて
助成金を頂けたことによって、初めての試みとして「認知症の人と家族の会」との協働によるカフェを偶数月ではありますが、一年を通して行う事が出来たことは、施設入所のお年寄りにとっては懐かしい青春の思い出の場としての朝日座を体感していただけた。
「古い」「汚い」と言われてしまう建造後90年以上の建物も、利用の仕方によって様々な方の、様々な記憶を呼び覚まし活性化して行けるものと思いました。
これからも朝日座でのいろいろな活動を通して、多くの方の記憶づくり・思い出づくりの一端を担えたらと思います。