本シンポジウムではまず、東日本大震災によって生じた東北地方の被災文化財の復元状況および博物館施設の復旧状況について、神庭信幸氏(東京国立博物 館)による基調講演をいただいた。また、岩手県の沿岸各市町村と宮城県・福島県の博物館等施設関係者7名から、大津波直後の対応から約2年後の復旧状況、 現在抱えている課題までをお話しいただいた。その後のパネルディスカッションでは、今後の課題や必要な支援、緊急時の支援システム等について、率直な議論 を行うことが出来た。
本シンポジウムを岩手県立博物館テーマ展「2011.3.11 平成の大津波被害と博物館」(平成25年1月5日~3月17日開催)に併せて実施することにより、沿岸地域の文化を支えてきた文化施設の存在と、地域の記 憶を未来に繋いでいくための文化財等資料の重要性を、一般の方々に向けて改めてアピールし、これからも被災地の文化資源再生のために支援が必要であること を訴えることができた。
参加者からは、アンケートにより「本当に人間的な温度がある講演で、被災地出身の者として安心しました」「大津波という経験したことのない環境のなかで 保存作業をされている関係者に頭が下がります」「地元の生の声を聴くことができて大変有意義でした」「改めて、大震災の影響、津波の影響は現在進行形のも のだなと思いました」といった感想が得られた。
被災文化財の復元と被災地の博物館等施設の復旧については、現在も様々な課題を残しており、今後も多くの支援と協力が必要である。今回のシンポジウムで得られた成果を還元し、今後の被災文化財レスキューの活動に生かしていきたいと考えている。
山車にクリアー処理を行うことで雨天でも対応できますし、山車に対して手形などがつかず長期にわたり保護が出来ます。
助成金なしには今回の撮影の旅はできませんでした。感謝しても感謝しきれません。本当にありがとうございました。"芸術写真として撮る被災地"というタイ トルにしましたが、実際撮り始めると芸術写真と報道写真の違いを痛感しました。被災地に行くと、必要とされているのは報道写真なのではないか、私が芸術と 言って被災地の写真を撮ることはおごりなのではないか、など、色々考えました。実際、被災地の方とお話をするとき、みなさんが口をそろえて仰っていたこと は、"被災地のことが忘れかけられている。私たちにとって震災とは過去のことではない。伝え続けてほしい。"ということです。この方達について、写真だけ で伝えることができるのか、正直わかりませんでした。特に鈴木明美さんとお話しさせていただいたとき、彼女のことについては写真だけでは伝えきれないと感 じました。鈴木さんは、あまり悩みすぎずに檜佐さんがいいと思うことをやればいいのよ、と励ましてくださいました。そして、ブログに彼女のことについて書 きました。私は個人で撮影をしていてその報道機関にも属していないのでその点では報道写真ではないのだと思います。どの写真が芸術なのか、それは見る人に よっても違うと思います。芸術と報道の境は曖昧であり、やはり私は私が撮りたい写真を撮り続けていくしかないのだと思いました。これからまた数回ブログを アップする予定です。これからもよろしくお願いいたします。
東日本大震災で北上町十三浜に襲来した大津波は、各集落576世帯のうち477戸を全半壊させ、138名の死亡と83名の人々が行方不明というあまりにも大きな被害をもたらしました。
大室浜に住んでいた佐藤清吾氏(漁業者、社会教育委員、郷土史家)の家も流され、部屋一杯に所蔵されていた地域の歴史文化に関わる古文書、資料、蔵書等が一切消失しました。
その中には、佐藤清吾氏が2年の歳月を費やし、地域の人々の協力を得て、北上町十三浜の方言を取材し、2006年に制作した「北上町方言集」も含まれます。
「北上町方言集」は、地元の学校にも寄贈されており、2011年6月、片倉誠之助校長先生が、泥にまみれていた1冊を被災した相川学校(津波は3階建て の屋上まで達していました)から見つけ出し、水洗いして炬燵で乾かし、相川浜の仮設住宅の佐藤氏に届けています。このことをきっかけに、この本を復刻しよ うと企画が持ち上がりました。
―地域文化財復元の試みとして、『北上町方言集』を復刻・再発行し、震災後支えとなった言葉を加え、これまで生きてきた証とこれから生きていくための糧としていきます―
「北上町方言集」は、人々が苦難を克服し築き上げてきた独自の生活文化・風土が表現されており、十三浜固有の歴史文化を想起させます。猥雑な中にも 活力をもつ語り言葉は、「親と子」、「家」と「浜」の関係の確かな編み方がみてとれます。厳しくいさめる労働言語は、常に死の危険ととなりあわせにあり、 過酷な自然に立ち向かう生産現場で、年長者が若者に命の大切さと力を合わせて乗り越えようとする思いが伝わります。
「北上町方言集」は、方言翻訳集と違い、会話表現の手法をとり、読み手の記憶を呼び覚ますことで、語られる言葉の情景が浮かび上がる読み物となっています。
震災直後、津波により根こそぎ奪い去られ、呆然自失としていた時、地域のリーダーは「みっとかがっぺ」(一生懸命、みんなで-復興に-取り掛ろうよ)と 声を掛け、地域の人々は3.11を引きずりながら、しかし、立ち止まらずとにかく前だけを見つめここまで来ました。現在もまだ地域をあげて復興に向けた取 り組みは続いています。しかし、一方「防災集団移転事業」(高台移転)においては、個々人に苦渋の判断が迫られています。
生まれ育った当地を終の住処と定め、これからも命を繋ぐ地としていくことを選択する人々、また家族との葛藤、自らも悩みつつ当地をやむを得ず離れていかな ければならない人々、共に受け入れざるを得ない個々の事情をもちます。双方共に安んずる地域の人的関係づくり、社会関係資本(南部神楽等の伝統文化行事) の回復に向けて、コミュニティの再興が当地でも取り組まれ始めています。
当地で生活してきた人々が共に経験した大災害を乗り越え、しかし、心ならずも故郷から去らねばならない人も、浜に生きる人も、これから何処で生活すること になろうとも、北上町十三浜の人々が生きてきた証を表現している「北上町方言集」は、これからも生きていく人々の糧となることでしょう。
活動をしてみて
昨年度の反省を活かそうと、以下の点について新たな挑戦をおこなった。そのポイント毎に振り返ってみたいと思う。
①平日日中の開催
昨年度は休日に開催したのだが、休日にイベント等を企画することが多いアートコーディネーターにとって事業が重なって参加できないという声が少なくなかった。それを踏まえ、平日の日中に開催してみた。その結果、職場が休みなので参加できた方や、仕事として参加していただいた方、また予想していなかったことだが、小さい子を持つ方が夜は参加できないが昼間ならとご参加いただいた。確かに、土日や日中の夜だと預け先がなかなか無いのだが、平日日中であれば保育所等があるので参加しやすいそうだ。
私共の企画だけではなく地域全体を考えた時に、こういった時間設定は社会包摂を考えた時に大事であるなと痛感した。
②シンポジウム前に勉強会を実施
前回はシンポジウムのみだったので、参加者も含めた共通認識/共通言語を持つまでに相当な時間が必要であり、時間が足りないという感触があった。その点を克服するために、シンポジウム前に勉強会を実施することでカバーできないかと考え実施してみた。
勉強会はなかなか行く機会が無い初見の場所が良いだろうと考え、秋田県の鎌鼬美術館を設定しておこなった。その際に、設立までの詳細なお話や、写真集「鎌鼬」でのエピソードなど、とても充実した内容の勉強会だったが、やはり2日間の時間を頂戴することの難しさも同時に痛感した。
結果、どちらかのみの参加者しかおらず、狙いであった共通認識を持ってシンポジウムを実施するということは叶わなかった。
方向性としては間違いないことがわかったので、より参加しやすくできるような仕掛けを今後考えていきたい。
全体として、このテーマ自体が話し合っても答えが見つかるようなものではないので、延々ともやもやした企画なのだろうということを改めて認識させられた。ただ、様々な地域から足を運んでくださる方々がいるということ自体が大きな財産であると感じている。先日、まちづくりの大学の先生から拝聴した言葉を引用したい。
「まちづくりは、課題解決が目的ではなく、一緒に悩む仲間を増やすことが目的です。」
アートという分野を起点に、まさにそういった場になっていたと思う。このような小さな場を地道に紡いでいければと思っている。