今回で6回目となり町の一大イベントとして定着し、来場者数も大きな増減がなく安定して開催できる芸術祭になったと感じます。
会期中には町内温泉旅館をはじめ、飲食店、ガソリンスタンド、お土産店など中心に一定以上の効果を上げた。また、継続している国際交流や子ども教育プロジェクト、アートカフェなど実行委員で企画していた事業が十分な成果を上げることができ評価できる。中でも国際交流企画展は中国・モンゴル・ブルガリア・ポーランド・タイ・イスラエルの6カ国のディレクターや参加アーティストが滞在制作し自身の活動や作品への思いを発表した。また国際シンポジウムにおいては、英国内外でアーティスト、キュレーター、プロデューサーとして活躍するマンチェスターからアルノー・ミッタ氏による講演会を行い、今後の中之条ビエンナーレを通じた地域への国際交流や社会貢献としての役割を果たせた。この企画により地域住民、国内外アーティストそれぞれが文化の多様性への理解を深め将来への文化交流の基礎を作ることができた。
メイン企画「まちの記憶」の参加数は昨年比で微減したものの、一箇所にかける取材時間が相対的に増し、近年の課題であった取材時間不足がやや解消され、納得度の高い展示となった。出展数と取材の最善のバランスを探る材料としたい。
これまでの企画展は巡回展であったが、本年は当プロジェクト自主企画の制作が開始された。新発田の明治期における海外移民をテーマにした新作写真プロジェクトで、経過と背景を説明するレクチャーイベントの開催で、市民と共有できたことは意義深く、今後の展開の可能性の手応えを感じることができた。これはSOMPO アート・ファンド の支援なしには、成し得なかった成果であり、今回の採択において自主企画制作という新しい一歩を踏み出す後押しをいただいたことに、たいへん感謝している。
元離宮二条城と京都芸術センターという、歴史的、文化的な建物を会場に、その場所でしか見ことのできないサイトスペシフィックな作品を展示することができた。また、世界的に活躍するベテランから、今後が期待される若手までバランスよく取り上げたラインナップで、様々な層の観客に楽しんでもらうことができた。
集客は週末に重なる二度の台風と猛暑の影響で、予想を上回ることができなかったことが悔やまれる。
また、文化財として価値の高い二条城で、これまでに取り組んだことのない現代美術の展示を行うことで、文化財の活用という点でも、新たな課題を見つけることができた。
留学生を含むインターンやボランティアスタッフとの関係もでき、今後の京都における文化芸術活動の糧となり、日中韓の交流を深めていくことのできる機会になったと考えている。
子どもが芸術文化に触れること、自分を取り囲む他者に働きかけ成長しあうこと、表現を発表する場を得ること、これが大きな目的であった。しかも多くの子どもにその機会を提供するため、参加費は可能な限り低くしなければならない。手にしている資金と人材と関係や、これから得られるだろう資源。そうしたものの効果的なバランスを考え実施してゆくのは大変なことであった。
ワークショップがスタートしてからは、毎回の安全管理が思いの外重要であることを再確認し、保護者との綿密な連携にも電子メールの活用など工夫し、力を注いだ。
しかし、そうした大人の努力に応えてくれるかのように、好奇心を満たしてゆく子どもの姿や、子ども同士の交流の拡大や、発表公演での観客たちの歓声は活動の苦労を忘れさせ、関わった大人たちに未来を信じさせてくれるものであった。
これまでも芸術の道に進む子や、活動の範囲を広げた子がたくさんいたが、今回参加の子どもたちもこの経験を日々の生活の糧にしてくれることだろう。例年、半数の子どもが再び参加して来ている。次回の実施では、子どもの成長した姿を見ることが楽しみであり、それがこの活動の支えにもなっているのだと思う。
活動をしてみて
次代を担う子どもたち(小学生)に、世界の楽器の演奏体験と製作体験、そしてその国の文化を少しでも理解し、世界を知る人になってほしいとの願いから開催した講座であるが、当初の参加者目標100人には遠く届かない結果となったことは反省すべきである。特に秋の時期は小学校の運動会が多く、また昨今の小学生は日曜日と言えども、習い事等でなかなか忙しいことも原因のひとつであろう、特に高学年はその傾向が強いようで、開催時期と対象学年をもっと検討すべきであった。また、韓国の楽器には申込者が少なく、アジアの国への関心が小学生時代から、あるいは家庭そのものが、薄いのではないかと実感した。しかし、参加者は、大変満足されていて、ほんの少数の子どもたちではあるが、世界の国の音楽文化に興味を持ってもらえたのではないかと思う。見学や一緒に参加される保護者もおり、大人に対してもよい刺激になったようである。今後も当館の取り組みとして、地道ながらも続けていきたいと思う。