【課題】
・前回(2016年)以上に先鋭的なアート作品が集結した今回の本展は、専門家やアート愛好者を中心に非常に高い評価を集めた一方で、「作品が非常に難解でわかりづらい」という意見も多く寄せられた。→わかりやすい解説についての工夫と、作品の理解を深めるパブリックプログラム等の実施により、多くの来場者が楽しめる仕掛けづくりが必要。
・当初の目標を大きく上回る来場者数を記録したものの、地元における認知・理解度が充分とはいえず、岡山芸術交流が広く市民に浸透したとは言い難い。
【次年度以降の継承・展開】 本展(2022年を予定)へ向けて下記の点を重点的に取り組みを行うことで、上記の課題の解決を図る。
・岡山芸術交流2019における課題をふまえた市民への浸透プログラムの実施
・岡山芸術交流を支える人材(サポートスタッフなど)の継続した育成及び活躍の場の提供
今回の展覧会は、日本洋画商協同組合創立60周年、東京藝術大学創立130周年の記念事業として、国立台北教育大学北師美術館と国際交流基金との共催で「日本近代洋画大展」を企画し、開催することが出来た。開催期間3か月で2万人以上の入場者を集めて大好評のうちに幕を閉じた。
明治から昭和にわたる約100年間に制作された油彩画・水彩画を日本全国から精選して、油彩画52点を2階展示室に台湾人留学生が直接学んだ東京美術学校系の作品を、3階に留学生達も影響を受けたであろう独立美術協会など在野系の作品を対置して展示して、地下には水彩画35点を一堂に並べた充実した内容で、台湾で初めて開催された本格的な日本近代洋画の展覧会であった。また、日本以外の東アジア地域で、こういう規模でレベルの高い日本近代洋画展は初めてのことである。
展示会場には最先端のAR(拡張現実)技術を導入したスマートフォンを利用した鑑賞体験ゾーンを設置した。アプリを使って記録写真、3Dイメージ映像、より詳しいインフォメーションなどが表示される仕組みである。専門的な展覧会のため、日頃関心のない人や、若い人にも興味持ってもらう工夫や現代的な要素を取り入れた。
アンケートの回答でもおおむね好評であった。
より有意義な展覧会にするために、国際シンポジウムも開催した。重要な展覧会こそ、
国際シンポジウムを行う必要がある。今回は、展示された作品だけでなく、戦争画、
近代においての台湾と日本の関係や、台湾の近代化など、重要かつ複雑な課題が幾つもでた。アートに高い関心を持つ人々でシンポジウムは、130人余りが参加するなど会場となった北師美術館は連日賑わいをみせた。
1927年に開催された第1回「台湾美術展覧会」(通称「台展」)に水彩画家・石川欽一郎が乾坤一擲の想いを込めて描いた油彩画「河畔」が偶然にも発見されて、90年ぶりに展示公開されたこと、1931年の第1回「独立美術協会展」は台北でも公開されて、その時に評判となった児島善三郎の「赤い背景」も出品されたことなども大きな話題となり、
台湾における日本近代洋画の再認識に繋がった。それだけにとどまらずに、この展覧会が両国の文化交流の大きな一里塚になってくれることを願っている。
建物内部を自由に、壁一面にペイントしたり造形物を創ったりする事ができるイベントは、場所の都合もあり、なかなか行う事ができない。
事実、今回の会場で開催する事ができるまで、何度も予定していた会場が使えなくなるなどのトラブルにも見舞われた。
会場が決まってから非常に短い期間での準備になり、大急ぎになってしまったが無事に開催する事ができた。
出演を打診したアーティストも快く引き受けていただく事ができ、皆で非常に意欲的に取り組む事ができた。
お客様の反応もありがたい事に、開催後、SNS等で「楽しかった!」という書き込みが散見されたり、当日に親子連れのお客様から、「子供が中学から美術部に入りたいというので、じゃあこのイベントは絶対行かなきゃ!といって連れて来た」という嬉しいお言葉もいただいた。
今回たくさんの方との交流をする中で、表現活動に対する意欲や、地震後の生活に対する底力を改めて感じ、このイベント後も、さらに力強い熊本のコミュニティ、表現が生まれていくであろう確信とともに「開催して良かった」という手応えを感じた。
芸術の持つ人を魅きつける強い力と情報発信力によって、大町市の魅力は引き出され広くアピールする機会となった。地元住民でも普段は行くことの少ない市内の各所をめぐる芸術祭は、地域の新たな魅力を再発見するものであった。他所から来る人々の観光は、土地の人々に誇りを与え、土地の人々の感幸はまた、来訪者に喜びを返してくれたのだと感じる芸術祭であった。
また、芸術祭の開催にあたり、作品制作から運営まで携わっていただいた多くのボランティアサポーターの存在は、今後の大町市という地域にとってかけがえのない財産となった。このように人と人がつながる、結び付くことは、地域にとっての宝であり、まさしく芸術祭開催の一番の本旨であると思う。
活動をしてみて
本プロジェクトは、まずは動きはじめ、そこから起こる地域住民の声を拾いながら進めてきた。「みんなの木道」は、震災後、あらためて防災林植生のためのかさ上げがなされた新浜地区の沿岸部で、沿岸部へ続く道の一部として制作された。これまでにも、地域住民の主導により史跡を巡るフットパスなどが開催され、沿岸部へ行くことができる機会はあったが、そこに木道という人が歩くことのできる作品があることで、沿岸部へ行くことの意識が明確になり、より身近に感じられるようになったのではないかと思う。
様々な調整の必要性により「みんなの橋」ができるまでは、まだ時間がかかるが、少しずつ「仙台インプログレス」の試みも根付き始め、地域住民の方々や貞山運河界隈で活動するさまざまな人々への刺激になっているようである。こうして周辺の動きが活発になることで、また「みんなの橋」実現への熱もより上がっていくことが期待できる。橋の実現に向けて引き続き調整をしながら、年ごとに、新たな作品制作による周辺環境へのアプローチに引き続き取り組んでいきたい。