昼夜公演と、かなりハードなスケジュールになり、来日アーティストよりも
当会代表の業務が過酷になったが、苦労を上回る評価を得ることができ大変よかった。
企業がこのような文化活動を支援することは、日本の文化を支えていく上で、非常に重要だと実感した。とりわけ、古典芸能については、今後も厚いご支援を賜りたい。
アンナ・マリー・ホームズ振付の「ドン・キホーテ 」のクォリティを高めるために、ダンサーは長期間のリハーサルを行い、厳しいトレーニングとなりましたが、ダンサー、舞台装置、衣装と融合された芸術レベルの高い公演となりました。
2000年代の日本のコンテンポラリー・ダンスシーンも成熟期に入り、ともすると次第に活動が縮小傾向にもなっていく現在の閉塞状況。第一線を走り続けてきた第一世代のアーティストは、次世代のダンサーに、これからの観客に何が残せるのか、そんな問いから本プロジェクトを企画しました。
コンテンポラリー・ダンスを中心にシンクロからフィギュアスケート等のスポーツ界のアスリート達にも影響を与え続ける平山素子。モダンダンスからコンテンポラリーまで、様々な世代のダンサーから圧倒的な支持を集める加賀谷香。ジャズダンス界のカリスマ、原田薫。各ジャンルを牽引するトップランナーである彼女たちが、それぞれの舞踊観を真摯にぶつけ合い、ジャンルを超えて次のステージを切り開くことで、新たなコンテンポラリーのひとつの姿を目指しました。
活動をしてみて
陸前高田の住民の方々から、震災との距離を感じていた4人の出演者=”旅人”たちが話を聞くことを通じて、当事者性の濃淡に関わらないそれぞれの立場をあらためて尊重しあえる”継承の場”をつくることを、15日間の滞在制作で試みた。出演者が聞き手となることによって、日常生活では聞こえなくなっていた震災直後の経験や震災以前の記憶、そして現在復興過程にある街への思いが語られ、震災から8年目にしてはじめて耳にする話も少なくなかった。その語りが映像記録として残されるということ自体にも成果があったと捉えている。また被災された方の心情を安易に理解することへの葛藤を抱えた若者たちの姿に対して、陸前高田の方々が共感する場面も多くあった。被災地域の中でも当事者性の濃淡があり、語れないことや理解できないことがあるという事実に、出演者たちが誰かの経験を「語り直す」という立場を引き受けようとする手掛かりを見出していたように感じている。同時並行に続けてきた『二重のまち』の朗読は、話を聞き、街を歩き、語り直しをする経験を糧とし、読み手にとって『二重のまち』がどういう物語であるのか、どの視点から物語を読むのか、という立ち位置を出演者自身が明確にしていくことへと繋がり、朗読する声にも変化が現れた。
また、一連のプロセスを記録した映像作品の上映(2/3 仙台市内)では、来場者の感想より、マスメディアのように事実だけが伝聞されるのではなく、出演者の表情や声が当事者の語りのように憑依して映る瞬間や、出演者自身が言葉を詰まらせたり、語れなさが身体に現れるときに、当事者から直接話を聞く以上に伝わるものがある、”継承”の可能性があるという意見が聞かれた。その視点を来場者の多くの方達と共有できたことに、「それぞれの立場を尊重し合える”継承の場”」としてのプロジェクトの成果を感じている。
同時期に開催された瀬尾夏美個展「あわいゆくころ」(東北リサーチとアートセンター)、「風景から歌」(Gallery TURNAROUND)では、瀬尾の単著「あわいゆくころー陸前高田、震災後を生きる」が出版され、市内外から注目を集めた。2011年から小森+瀬尾が制作してきた映像作品の上映と合わせて鑑賞された方が多く、8年の時間経過とともに移ろう街や人々の心の変化を、作品の持つ記録性によって鑑賞者自身が追想する場として、展覧会や上映会が機能しているという実感があった。