芸術・文化支援サイト かるふぁん! -Fund for Culture-

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活動者の声

大切にしなっきゃなんないべぇ

活動期間2015年 11月 25日 ~ 2016年 3月 31日

活動をしてみて

保存会会員は震災後遠く離れた会員、仮設に入ってしまい中々足を運べなくなった会員とバラバラになり震災後の活動は唯一祭典開催の時になりました。
今回申請した際には会員全員に声を掛け最後の奉仕と思い昔のように
自分達でやれる事はやろうと言い山車保存倉庫建てる計画を立て
材料費の不足分を支援して頂き自分達が用意出来る物は
自分達で…時間を合わせ少しずつ建てる事で人件費にはお金を掛けないと言うやり方でかなり時間はかかりましたが、完成させる事ができました。
しかし震災前はこれが当たり前の事でケンカをしながら用意した事を思い出しながら作業が出来ました。思い出させて頂きありがとうございました。

南三陸町・行山流水戸辺鹿子躍復興プロジェクト

活動期間2011年 8月 14日 ~ 2012年 8月 14日

活動をしてみて

前略 この度はGBFundによる多大なるご支援を宜わり、私達行山流水戸辺鹿子躍保存会は元より南三陸町関係機関の方々からも心から御礼を申し上げてほしいとのメッセージを頂いております。ほんとうにありがとうございました。

 昨年の3月11日の大震災の津波によって私達の住む所はすべて流されてしまいました。鹿子躍の練習所にしていた地区のセンターも流され、中に置い てあった装束や太鼓など、すべて流されてしまいました。鹿子躍は出来ないとあきらめていた時、奇跡は起こりました。ガレキの中から一つ、二つと海に流され て行かなければならないはずの12個の太鼓が大勢の人たちの手で集まり始め、11個の太鼓が揃いました。その他の衣装などもなんとか踊れるくらいのものが 見つかり、登米市の避難所で皆に泥を洗い流してもらい修理をしていたところ、登米市さんの避難所を励ます葉桜祭りに参加を要請受けました。その時一緒にい た中学生達の「踊ります」という言葉に背中を押され出演したことがテレビで放映され、全国の皆様から多くのご支援、御励ましを頂き、各地において出演をさ せてもらいました。
 この活動に参加したのは主に高校生、中学生で、これまで小学5、6年生に指導して来たものが大震災で失われようとした伝統芸能を危機一髪救ってくれまし た。すべてを失った環境の中にあっても子供達が逆に強くたくましく育っていく姿を、この活動を通じて強く感じることができました。
 寄贈していただきました太鼓や旗など、これからの活動になくてはならないもので大切に使わせていただきます。私達保存会に御寄せ頂きました多勢の皆様方の御心を今後の活動の糧として参りたいと存じます。ほんとうにありがとうございました。

行山流水戸辺鹿子躍保存会

会長 村岡賢一

東京修学旅行プロジェクト

活動期間2016年 10月 10日 ~ 2017年 3月 31日

活動をしてみて

「活動の概況(2)達成できたこと」と内容が被るが、
常に新しいフォーマットを模索しつつ、クリエーションを行うPortBにふさわしい、小規模ながら非常に濃密で豊かな時間を共有することができた。
本プロジェクトはスタッフも「旅行に参加」するため、外部のみならず内部(=参加者)の目線も体験することができ、今後のクリエーションの発展に非常に有意義であったと言えよう。

福島県大沼郡金山町の語り手 五十嵐七重さんの民話語りを映像で記録する

活動期間2018年 7月 14日 ~ 2019年 4月 30日

活動をしてみて

 民話の伝承については、いま、大きな転換の時を迎えています。
 まず、祖父母や父母から、子どもの頃に聞き覚えた語り―これを「伝承の語り」と呼んでいますが、このような形での伝承の糸がほぼ切れようとしています。昨今のこうした状況のなかで、わたしたちは残っている伝承の語りを求めての採訪をつづけています。
 一方、所謂、伝承の語りとしてではなく、あらたに、本などによって独自の民話の語りを追求研究し、それを子どもたちへ手渡していこうとゆう運動も起こっています。こうしたグループの活動に、わたしたちは積極的に協力し、手持ちの資料で役立つものの紹介や、また、わたしたちの経験を語る講演なども行っています。

 そんな状況のなか現在撮影をすすめている、五十嵐七重さん(昭和十七年生)は、子どもの頃に両親から聞いた、いわゆる伝承の語りを、実に百話以上記憶しておられます。その一部は、文字資料として、小野和子が 『くふしまの民話集1 奥会津の伝承―五十嵐七重の語り―』として、2007年にまとめました。
 また、五十嵐さんはご自分が語るだけでなく、近隣のひとたちから希望者をつのって、新しい語り手の養成にも力を尽くしておられます。伝承の語りを、この上なく大事にして、さらにそのうえに現代の語り手たちの語りをも生かしていこうとする姿は貴重です。福島が遭遇した震災による放射線被害についても、語り継ぐべきテーマとして、どのように「現代の民話」として語り得るかをともに考えています。
 彼女の得難い伝承の語り、そして彼女の伝承に向かう活動、貴重なこれらのすべてを映像と音声で残したいと切に願って、今回の撮影を企画し、少しづつでも進めております。

 特に、東日本大震災後の福島においては「ふるさと」を取り戻し、見直しながらの復興の重大さを感じます。伝承される民話がその一翼を担っていると思いますので、この観点からも今回の映像撮りの意味は大きいと考えられます。
 そして、撮影が終了した時点では、この映像を広く各地で上映できる映画の形をとり、震災後の福島の力強さと、そして苦難を共有したいと思います。そのための方法としては、せんだいメディアテークとの協働作業として、メディアテークの活動である「3がつ11にちをわすれないためにセンター」(通称わすれン!)の協力を得ていきたいと考えます。
(みやぎ民話の会顧問 小野和子)

MMIX 復興支援プロジェクト-3.11メモリアルプロジェクト

活動期間2011年 5月 11日 ~ -0001年 11月 30日

活動をしてみて

津波被災を受けた地域では、自治体によって急ピッチで瓦礫撤去が進んでおり、「3.11」の風化が懸念されるようになったが、仙台市市民共同推進課の協 力もあり、震災発生3ヶ月後には公共物の回収が可能となった。(自治体によっては対応が遅れる所もあり、市外では回収作業の出来なかった場所もある。)
 今後も継続した取り組みが必要であり、今後の分析事業や防災、減災教育事業にも生かしていきたいと考えている。

 被災地以外で開催された国際展で報告事業、展示を行う中で、関係者や観客からアンケートにより「くちゃくちゃになった道路標識を見て津波のすさま じさが分かった」との声が多数寄せられた。我々としても活動への理解の呼びかけ、後世へ被害を伝えていくことの重要性を考えるきっかけとなった。

 「震災遺物」を残す活動については遺族からの反対意見も出ているが、時間の経過と共にプロジェクトへの賛同者は、直接津波被害に遭った方々を含め確実に増えてきている。

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