事業の3年目が終了した。今年度は過去の活動で得たネットワークを生かし、関係性を深めながら、地域でのプロジェクトや新規の相談窓口の準備を行った。文化芸術の力を活用し共生社会を目指すための「基盤」を丁寧につくり、実践者の活動をサポートする体制が少しずつ拡充してきた。人材育成事業は、次年度以降行う予定である。次年度以降は今年度の取組みを踏まえ、相談窓口の始動を含め、アートと社会をつなぐより具体的な支援活動に取組む。
SOMPOアート・ファンドのネットワークミーティングでは、活動地域と地道に関係性を築きながら活動をしている諸団体と直接顔をあわせ、交流をはかる機会をいただき、新たなネットワークを構築することができた。また、SOMPOアート・ファンド助成は使途の規定が柔軟であるため、実際に事業を進める中で生まれた気づきを生かし、改善点を検討し、内容に反映させながら進めることができた。
私たちのできることで被災地の力になりたいと始めた支援活動でした。
楽器を修理したり、ワークショップを開催したりという直接の支援ができたことは、被災地の力になれたと思っておりますが、それに付随してこれまで被災地を訪れたことのなかったメンバーが気仙沼を訪れ、その被災状況や復興状況をリアルタイムで体験できたことも大きいと感じました。
東京にいて心を寄せることももちろん大切なことですが、実際に被災地に行き、復興と言っても何もない土地を実際に見て、地域の人たちと話をし、震災当時の話を聞き涙を流し、それを自分の友人や知り合いに伝えることも、支援の一つだと考えます。
今回、自分たちの力で日常生活を取り戻しつつある気仙沼にメンバーが入れ替わり訪れ、地域の人たちと交流することができました。新たな関係が生まれ、一過性の支援ではなく、細くても長く繋がっていこうと確認しあえました。
メディアで見る映像と、現地に行ってみる景色は本当に違います。
今回、被災地(今回の場合は気仙沼)に行って自分たちにできるガムランという音楽を通じて支援することの他に、小さいけれども私たちにできる応援があると強く感じました。
・気仙沼に行く、ということ。
・今の気仙沼を感じて、その状況を自分の周りの人に伝えること。
・行ったことのない人を誘って、気仙沼に行ってもらうこと。
・気仙沼の良いところを伝えること。
そして今回の活動を通じて、気仙沼の人たちとの新たなつながりが生まれました。
被災地復興支援という名目ではあるのですが、何回か通う事でビジネスライクなお付き合いから、一歩進んだ交流へと進んでいるように感じます。
現在、気仙沼の港湾地域は復興工事の真っ最中で、道路もあるのかないのかわからないほどのぐちゃぐちゃな状況ですが、地元で暮らす人たちは5年のうちに自分たちの生活を取り戻し、新たなリズムで前に進み続けているのを感じました。
また今回みなとまつりに参加して、東京から遠く離れた気仙沼でバリの文化にこんなに親しんでいる人たちがいることを初めて知り、バリ島を愛する人間として驚くとともにとても嬉しく思いました。
阪神・淡路大震災をきっかけに生まれた当会として、いつか東北で演奏し、被災した方々へ勇気と元気を届けたいと思っていましたが、ご寄付いただいた皆様のお陰で実現することができました。
コンサートでは最初、見たことのない不思議な楽器に「なんだろう?」という緊張感が会場にありましたが、演奏していくうちに皆さん次第に笑顔になられ、手拍子、踊りなどで一緒に盛り上がりました。楽器の体験会でもたくさんの方が参加されました。
最後には、「スティールパンのファンになった」「楽しかった」「今日はよく眠れるわ」という声をいただき、演奏者一同本当に感激した次第です。
NHKの復興ソング「花は咲く」を演奏した時は、涙ながらに一緒に歌って下さる方もいて、演奏者も涙の演奏となりました。
今回演奏以外に津波被害を受けた閖上地区を訪れました。日常で忘れてしまいがちですが、そこにはまだ復興の先行きが見えない現実がありました。こうした 経験や被災者の方とのふれあいを通して、今後もなんらかの形で私たちにできることから支援していきたい、という気持ちになりました。
ご寄付いただいた皆さまにはこのような機会を与えていただき本当に感謝申し上げます。
ありがとうございました。
活動をしてみて
HAPSのオフィスが立地する六原、元小学校の教室をアーティストのスタジオとして提供いただいている新道は、京都市内でも特に高齢化が進んでいる地域です。そのため、若いアーティストが町内で活動する事で生まれる活気が歓迎されています。HAPSでは、元新道小学校のスタジオ運営や物件マッチング事業により、京都に住まい制作活動に専念できるアーティストを増やし、キュレーター招聘事業で彼らの活動を発信するためのネットワークを構築しながら、同時に地域住民との交流の場をつくってきました。アーティストにとっても、周囲のコミュニティでの自分の役割を認識することで、より広く社会について思考しつつ自らの制作に向かうことが可能となります。今後も、アーティストが京都で「居住」、「制作」、「発表」を行うための環境を整備し、それらを促すため、継続的かつ持続可能性のある活動を目指します。